1970前後ギターサウンド嗜好。

現代の楽曲では、イントロがあると、長いと飛ばされる率が高まり、どっちかと言うとサビから始まるほうが好ましく、ギターソロがあると飛ばされる率がまた高まり、ギターサウンドが歪み過ぎるとうるさいと言われ、ギター、ギターサウンドそのものの存在意義が問われる現代ですが、私は「好きならばそれでよしスタンス」を引き続き保って行こうと思います。

私的ギターサウンド嗜好は「鮮やかな歪み(ディストーション)」が好みですが、

一方で最近では原点回帰というか、「古い歪みも」流行りの傾向にあると捉えています。

最近そう言った(1960-70年代)サウンド傾向のペダルのウケがよいことも、それを表していると思います。

しかしながら、1970年前後から変化したギターサウンド。ハードロックからヘビーメタルへと変わる変遷の時代のギターサウンド。今の若い世代には新鮮に思えるかもしれません。

UFO | UFO1

1970年作品。マイケルシェンカーではない頃のUFO。

この時代のハードロックのはじまりのギターサウンドは、今聴くとファズっぽい、ファズじゃないんだけど、歪みは粗めの大味で、現代と違って、歪みとニュアンスは右手、サスティーンは左手、と、多用な機材に頼る事ない、そう言った意味ではオーガニックなサウンドと言えましょう。

数年後の、1978年。

QUEEN | Jazz

冒頭のUFO1に比べれば、録音技術、方法の変化もあるとして、ギターサウンド自体はクリアーに聴くことができますが、本質的な歪みサウンドは共通していて、粗めでありながら、キレもよい。ギターテクニックの表現が占める、いい音ですね。

 

タクシードライバー

映画好きだった私。
中学生〜高校生の6年間で、たぶん1000本以上の映画を観ていると思う。当時はVHSのビデオレンタルが主でしたが、映画館にも通った。一番好きな映画は揺るぎなく「バック・トゥ・ザ・フューチャー」ですが、その一方で、「スティーブン・キング」ファンでもある。

映画、好き「だった」の部分。ある境目で、映画があまり面白く感じられなくなり、90年代初頭の丁度、ターミネーター2を過ぎたあたりから(この映画も20回以上は見ている)から、映画はCGを主体とする製作が進行して、今まで難しかった情景を作ることができるようになった一方で、これまでのセットで作り物とはわかっている上で、見る側の臨場感で置き換えてリアリティを楽しむことができなくなった転換期に、映画を見る興味を次第に失った。

そんな中。先週末、「舘ひろしシネマラウンジ」で、タクシードライバー(字幕版)を放送していた。

少年時代に観た時は「怖い映画」の印象でしたが、現代あらためて観ると、当時とは違う感想が心に残る。後味悪いのではないけれど、なんか、現代日本と照らし合わせる感傷が残る。

一般的に多いこの映画の感想として、”心の闇が狂気となる。”とか、

舘ひろしさんは「歪んだ正義」と仰っていたのも印象的でしたが、

ちょっと話は変わり。ある報道番組で、倫理学者の先崎彰容氏も語っていましたが、現代日本の、人の孤立化が、コロナを経て更に「孤」となり、自分より他人の昇華を楽しむ自己表現として「推し活」によって孤独を埋めようとする現代社会。

タクシードライバーは正に現代日本にも照らし合う物語だと思う。

孤立化を深化し、この映画の主人公においては、その心の闇が狂気化し、モヒカン頭にした主人公が迎えるラストですが、

今観ると、私個人の感想は、狂気化というより、元々抑圧されていた自己を他人の問題解決にあてることで自らの心を埋めようとする人物を描いているように感想をもった。

あなたの周りにもいませんか。他人の問題に首を突っ込みたがる。そんな人が。

この映画。「あとはみんなで考えよう」的なストーリーですが、解釈は人それぞれ。舘ひろしさんは、「ラストの「チラ見」の意味を問いたい」と語ってました。私はあの目線に深い意味はなかったと思う。孤独と孤立化が「孤」となった本質、常に社会を敵視するかのような神経症の隠された敵意が表現されたシーンだと思って見ていた。

まだ観てない方。よかったらご覧ください。

テーマもいいですね。Saxはトム・スコットとの事。